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御朱印収集人

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「○○ゆかりの寺社」
○○ゆかりの神社

立石熊野神社 安倍清明ゆかりの神社

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立石熊野神社
葛飾区立石8-44-31 電話:03-3693-5623 最寄駅:京成「立石」
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五方山熊野神社

由緒


御祭神    伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)
         速玉男大神(はやたまおのおおかみ)
         事解雄大神(ことさかのおおかみ)

西暦4世紀頃、この神社周辺は利根川、荒川など河川の堆積作用によって新しい土地が次第に形成され、島もしくは浮洲のようなものが点在するようになった。これらの島に古代人が住み着くようになると、漁業や水田耕作が営まれるようになりました。
奈良時代になると集落が形成されていたことが、隣地の南蔵院遺跡遺物によって知ることができます。その頃より当地に1個の霊石があり、この霊石によって『立石』の地名が発祥されたといわれています。当社の御神体石棒も、先史時代からのものとして当社に伝えられています。
当社は葛飾草創の古社です。長保年間(999)阿倍仲麻呂の曽孫・陰陽博士安倍晴明が紀州那智熊野において、華山上皇に従い山ごもりを終え、熊野の大神勧請の旅中、たまたま中川の清流のこの地を清浄なる聖地として選びました。陰陽道の五行説の五行にかたどり、境内を三十間五角とし、五方山熊野神社と名付け、紀州熊野三社権限を鎮祀し、神代の石剣を御神体としました。以来村人の崇敬篤く、壱岐守葛西三郎清重は特に当社を崇敬したと伝えられています。その後三代将軍徳川家光公、八代将軍吉宗公等の鶴おなりの際には必ず当社に参拝することを通例とし、その都度当社より金烏のお守りを献上したといわれています。
元文4年(1739)3月、代官伊奈半左衛門に提出した起立録によると、正保・慶安(1640年代)頃、社殿は神明造りであったが、天明6年(1786)7月の大洪水に社殿は大破し、御扉に至るまで流出してしまったといわれています。
寛政6年(1794)に地誌取調で役人が来村の際、当社の御神体が神代の石剣であることを発見し、関東では極めて珍しいものとして、その保管方を村役に託し、同8年(1796)11月幕府は代官菅沼安十郎に命じて、御神体の安全をはかるため社殿の再建をはかりました。現存する石造りの立派な御内陣は、このとき造営されたものです、以来、熊野神社古代石剣として全国的に知られ、江戸市中をはじめ近郷村民の崇敬を集め、当時は参詣人が社前に群れをなしたといわれています。
この頃、御三郷の1つ田安家の崇敬が非常に篤く、しばしば当社に参拝、その都度将軍同様に金烏の御守を献上されました。
その後、安政の大地震に社殿が大破し、安政4年(1857)2月に大修復が行われました。明治7年(1874)4月2日に村社に定められると共に、御本殿の改築が計画され、同13年(1880)11月現存の本殿が建立され、その後昭和37年8月、弊拝殿の改築が行われました。昭和55年(1980)には、御本殿の大修復が行われました。

例大祭    9月16日


立石熊野神社社頭

立石熊野神社鳥居

神門
立石熊野神社神門

裏参道朱鳥居
立石熊野神社朱鳥居

手水舎
立石熊野神社手水舎

撫で牛
手水舎に撫で牛があります。
立石熊野神社撫で牛

拝殿
立石熊野神社拝殿

扁額
立石熊野神社扁額

本殿
立石熊野神社本殿

境内
立石熊野神社境内

富士塚
手水舎の左に富士塚があります。
立石熊野神社富士塚

浅間神社
頂上には浅間神社があります。
立石熊野神社浅間神社

天満宮
富士塚の左には天満宮があります。
立石熊野神社天満宮鳥居

立石熊野神社天満宮

境内社鳥居
拝殿に向かって右手に鳥居があります。
立石熊野神社境内社鳥居

水神宮
石祠が並んでいます。中央に水神宮、右に稲荷社、左に香取大神の石祠があります。
立石熊野神社水神社

稲荷神社
更に左に進むと正面に稲荷神社があります。
立石熊野神社稲荷神社

歌碑
稲荷神社の左手前に歌碑があります。
立石熊野神社歌碑

五重塔入り口

社殿に向かって左手に五重塔の入り口があります。御朱印を待っている間、見学させていただきました。
立石熊野神社五重塔入り口

立石熊野神社水盤

狛犬
立石熊野神社五重塔前の狛犬

五重塔
木造を模した鋳造五重塔で相輪から基壇までの総高5m・地上より7m。相輪を双龍で華飾し、垂木先にも双龍を刻出するなど龍の塔の如くにある。初層四方は十二支獣、二層に麒麟、三層に鳳凰、四層に唐獅子、五層に連子窓の彫刻が見られる。三井家の江戸屋敷(現在の文京区第三中学校)の庭園に建てられていたと伝わる。三井家から住友家の別子銅山に発注され製作されたといわれ、明治時代に三井本家を離れたと口碑が伝わる。本塔は東京国立博物館にある塔と共に日本一の高さを誇る銅製の五重塔となる。当社は、長保年間(999~1003)に陰陽師安倍清明により、陰陽五行説、木火土金水に象り境内を三十間角とし、五方山熊野神社と号し、熊野三山が勧請された。創建一千年を記念する神門の御造営につづき、世界平和と人類の幸せを祈念し、宮司が神職拝命五十年を感謝して五の縁(御縁)をもって五重塔を建立し寄贈する。 平成二十一年七月三十日
立石熊野神社五重塔

立石熊野神社五重塔1

新聞記事
掲示板に新聞の記事が掲載されていました。
立石熊野神社五重塔新聞記事

さざれ石
掲示板の下にさざれ石がありました。
立石熊野神社さざれ石

羽生結玄のポスター
安倍清明と言えばフィギュアスケートの羽生結玄。掲示板に記事が貼ってありました。
羽生結玄写真

授与所
神門を潜って左手に授与所があります。
立石熊野神社授与所

御朱印
授与所で御朱印をいただきました。
五方山熊野神社御朱印立石熊野神社御朱印
墨書きからスタンプに変わっていました。
葛飾区の神社御朱印   ○○ゆかりの神社 


2015/12/11 前回参拝したときは暗くなり取れなかった写真の追加と御朱印も追加アップしました。

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