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神社御朱印

志演尊空神社

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志演尊空神社
江東区北砂2-1-37 電話:03-3644-1445 最寄駅:東西線「南砂町」

志演尊空神社


由緒


御祭神    倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 
         須佐之男命(すさのおのみこと)
         伊邪那美命(いざなみのみこと)
         尊空親王(そんくうしんのう)
         手力男命(たぢからおのみこと)

寛永元年、深川郷唐島開発の際当地に訪すれた菅原長寛が村民の要請を受けて稲荷大神を鎮座して深川稲荷と社号を称し、土地の氏神としてあがめた。
元禄年間、時の将軍徳川綱吉がお鷹狩りの途中で当社に参拝に立ち寄られ「民の志を演ぶる事殊勝なり」と賞して社名を志演神社と改名せられた。
又正徳2年の夏、当地に伝染病が流行し死者が多数に及んだ時、当社五代目別当、菅原快円が病魔退散と天下泰平、五穀成就を祈念して柴燈大護摩を焚いたとこと病は止まりこれによって毎年5月22日の祭礼を執行した。当時の人々は「ごまの稲荷」と当社を呼んだ。これは古文書「東の都歳時記」に日本の三護摩として記載されている。
尊空親王は伏見邦頼親王の御子にして寛文3年12月関東に下向、深川五本松にて隠棲される。
親王死去の後、村民その徳を敬慕して邸跡に小祠を建てて村の鎮守としてあがめ奉る。
その後松平伊豆守抱屋敷内に祠れる稲荷大神を社殿と共に村内に寄附され、社名を尊空稲荷神社と称した。
昭和20年3月9日の戦災により両社焼失。
昭和22年3月志演神社と尊空稲荷神社を合祀して社名を志演尊空神社と改名す。

例大祭    8月22日




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