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御朱印収集人

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神社御朱印

旗岡八幡神社

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旗岡八幡神社
品川区旗の台3-6-12
 電話:03-3781-5800 最寄駅:東急大井町線「荏原町」出口2番
ホームページ
旗岡八幡神社拝殿

由緒


御祭神   誉田別命(ほんだわけのみこと)
        比売大神(ひめおおかみ)
        息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)

 当神社は、長元三年(1030年)上総、下総で起こった平忠常の乱を治めるべく、同三年(1030)に朝命を奉した甲斐守源頼信公が同地へ赴く際、一族郎党と共にこの地に宿営したのがその発祥とされている。高台に陣を敷き、源氏の白旗を靡かせ大いに武威を誇ったことから、この地が「旗岡」あるいは「旗の台」と呼ばれたのである。時は下り鎌倉時代中期、源氏の庶流荏原左衛門尉吉宗公(1231~1285)当地の領主となるや八幡大神を尊崇すること篤く、まずもって社殿の造営、を志し、源家重大の守護神としてのみならず、常に地域の人々に鎮守としての御神徳の発揚に努力されたのである。当時は神仏混淆の時代であった為、義宗公の二子徳次郎が日蓮宗に帰依し、朗慶上人と称して法蓮寺(当神社隣)を開山し、当神社の別当として長く守護に当たったことが古文書に記されている。今日の当神社の基礎はまさにこの時期に築かれたと申しても過言ではない。江戸時代に入っても、御祭神の関係から武家の尊敬ことのほか厚く、毎年二月二十五日に各地から集まった武士達により執り行われた弓の競射はとくに有名であった。試合の後、一同甘酒に舌鼓をうったその故事に習い甘酒祭の伝説は今日まで続いている。また、五代将軍徳川綱吉公の守刀が現存し、文化十一年(1814)には社殿の大改築が大奥の女中たちの寄進によりなされたことは、徳川家の信仰が篤かったことを物語っている。その格天井に描かれた百四十枚余の絵は、幕府の絵師狩野探玄が娘の病気平癒を祈願したところたちどころに全快、その感謝のしるしとして奉納されたものであったが、昭和二十年五月の空襲で社殿と共に灰塵と帰してしまった。現在の社殿は氏子崇敬者の熱烈なる奉賛活動の下昭和三十九年に、また社務所は同六十三年に造営されたものである。このように時は移り時代が変わっても、当神社は常に人々に護られ、また心のよりどころとして今日まで敬われてきたのである。

例大祭   9月第2日曜日
旗岡八幡神社品川区お宮散策
由緒掲示板
旗岡八幡神社由緒板
社頭
旗が岡八幡神社社頭
社号標
旗岡八幡神社社号標
狛犬
旗岡八幡神社狛犬(左)1旗岡八幡神社狛犬(右)1
参道
旗岡八幡神社参道
大鳥居

旗岡八幡神社大鳥居
北鳥居
旗岡八幡神社北鳥居の露店
手水舎
旗岡八幡神社手水舎

旗岡八幡神社手水舎の龍の口
拝殿
旗岡八幡神社拝殿
狛犬
旗岡八幡神社狛犬(左)旗岡八幡神社狛犬(右) 
拝殿内
旗岡八幡神社拝殿内
神楽殿
旗岡八幡神社神楽殿
神輿庫
旗岡八幡神社神輿庫
絵馬殿
旗岡八幡神社絵馬殿 
奉納絵馬
旗岡八幡神社絵馬殿の絵馬1

旗岡八幡神社絵馬殿の絵馬
大絵馬掲示
大絵馬は現在社務所で展示されています。
旗岡八幡宮大絵馬掲示
社務所
旗岡八幡神社授与所
御朱印
旗岡八幡神社御朱印降旗八幡神社ご朱印



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