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御朱印収集人

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神社御朱印

五十稲荷神社

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五十稲荷神社
千代田区神田小川町3-9 電話:03-3291-3481 
最寄駅:都営三田線・新宿線「神保町」、新宿線・丸ノ内線「淡路町」
五十稲荷神社鳥居

由緒


御祭神   倉稲魂命

 創祀の時代は詳らかではなく、慶長の頃(西暦1700頃)既に当地に御鎮座され、徳川家に於いて安産守護神として厚く崇敬せられたと伝えられています。正徳の頃(西暦1750頃)栃木県足利の戸田長門守が当地を拝領し、屋敷を構えるに及び、当社地もその邸内に入り、戸田家で当地の鎮守として奉祀され、故郷の足利市雪輪町旧御陣屋大門に奉斎されていた稲荷大神(現雪輪町稲荷神社)も合わせ祀り、栄寿稲荷大明神と崇め奉り、崇敬の誠を尽くされたのであります。
 当社は昔から「五十稲荷」といわれていますが、起源は古く戸田領足利で織物の市が五と十のつく日に開かれるのが慣わしであり、江戸の戸田邸でもその繁栄を祈願する為に、毎月の祭事を五と十のつく日に執り行い、月々の祭日と二月の初午祭には門戸を開放し、諸人の参詣を許しました。
 明治になり、廃藩置県制度により大名屋敷が町屋となり当社の御祭日祀も崇敬者等により受け継がれ、一年を通し毎月五と十のつく日には多くの参詣があり、後には縁日が立ち「五十様の縁日」と呼ばれ、東京市内でも有名になり、俗称として「五十稲荷」と呼ばれるようになりました。当社の公の社号は「稲荷神社」であり、明治5年に公認の「神社」として列格致しました。大正12年(西暦1923)の関東大震災迄は現在地のすぐ横に約200坪の境内地がありましたが、震災後の東京市土地区画整理により、現在の地に縮小移転させられました。

例大祭   4月15日
五十稲荷神社由緒板

五十稲荷神社社頭
社頭
五十稲荷神社鳥居
鳥居
五十稲荷神社鳥居とアジサイ
拝殿
五十稲荷神社拝殿前
狛狐
五十稲荷神社狛狐(左)五十稲荷神社狛狐(右)
賽銭箱
五十稲荷神社賽銭箱

五十稲荷神社拝殿
社殿右手
五十稲荷神社社殿(右)

五十稲荷神社神狐五十稲荷神社狐の穴
社務所
五十稲荷神社社務所 
御朱印箱
社務所の脇の台に箱がありました。箱の中は空でした。
五十稲荷神社御朱印箱
社殿新築計画のお知らせ
五十稲荷神社社殿建て替えのお知らせ

五十稲荷神社社殿新築計画図
御朱印
平成24年に社務所で頂いた御朱印
五十稲荷神社御朱印
千代田区の神社御朱印



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