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御朱印収集人

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「神事」
六月の神事

浅草橋須賀神社 例大祭

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浅草橋須賀神社
台東区浅草橋2-29-16 電話:03-3851-7044 最寄駅:JR総武線・都営浅草線「浅草橋」

由緒
浅草橋須賀神社由緒書


 御祭神 素戔嗚尊  御神徳 目的完遂・勝利・業務繁栄・長寿

当社所蔵の「當社牛頭天王縁起」によると
 推古天皇九年(601)の夏、この地に疫病が流行しました。ところが、このあたりの森の中に牛頭天王を祀った神祠がありましたので、その神祠に郷の人々は病気平癒を祈りますと、ことごとく快気したと記されています。もし、この伝えを信ずれば、当社はすでに、推古天皇九年以前に成立していたことになります。
 それはそれとして、「縁起」は続いて、慶長十八年(1613)、神祠が大破したので、しばらく仮殿に移して祀っていたが、寛永十六年(1639)の夏に至り、三代将軍徳川家光の命によりて、公費によって、時の町奉行、神尾備前守元勝、朝倉石見守在重の手で社殿が再建されたと書いてあります。この記録は確かであると思われます。
 ちなみに「天王塚碑文」には、いささか異なった記事を伝えておりますので、参考までに下げ掲げておきます。まt、江戸中期に成立した「求涼雑記」には、往古より此処に祠あり。誰人の勧請とも知らず。明和元年迄に、七百年に及ぶという。ここを以て、今按ずるに、村上天皇の御宇。天暦年中(947-57)なるべし。と記しています。この記事が何に基づいて書かれたかよくわかりませんが、当社創祀のかなり古いことを示しています。「江戸名所図会」も「牛頭天王は天暦年中の鎮座なり」と記しています。つまり平安初期の創祀という事になります。
 周知のように、江戸時代には、当社のほかに大伝馬町の牛頭天王や小伝馬町の牛頭天王など多くの天王社が祀られていました。江戸市民の間では、天皇信仰が広く行われていたことがうかがわれます。その中でも当社は、祇園社・蔵前牛頭天王・団子天王様・江戸神社あるいは団子様など、多くの名でもって呼ばれ、親しまれてきました。
 さて、当社の所在地である蔵前は、江戸時代「札差」が軒を並べていたところであります。当然、当社の氏子にも札差が多かったのです。札差とは、旗本や御家人の代理として、禄米を受け取ることを生業とした、いわば米商人のことで、八代将軍吉宗の享保九年(1724)には、109名もの札差が公認されていたといわれています。彼らは武士への金貸しなども行って富を得、次第に江戸の経済を動かすほどの勢力を持つようになりました。また、大の祭り好きで、当社の祭例もたいそう力を入れたといわれています。つまり、六月の祭礼も、札差の財力を背景に大いに賑わったのです。その盛大な有様は、『江戸名所図会』などに四頁にわたって描かれております。なお、文化・文政の両国吉川町大黒屋平吉の板による「新版御祭札双六」というものがありますが、それによると、当社は江戸十社の中に入っています。そのころ当社が大変栄えたことがわかります。
 時は移り、明治元年、神仏分離令が発せられると、別当である天台宗東叡山寛永寺末真鏡山宝現院大円寺より分離され、独立して、社名も須賀神社と改称しました。その後、関東大震災や、戦災などで被害を受けましたが、昭和三十六年、新社殿も落成し、現在も、浅草橋周辺をはじめ、広く下町の人々より篤い信仰を受けているのであります。

祭礼ポスター
浅草橋須賀神社大祭ポスター


 祭礼 蔵前天王祭と言います。この祭礼の起源について、さきの『牛頭天王縁起』に次のように書いてあります。昔、このあたりに一人の百姓が住んでいました。その百姓には一人の娘がありました。娘が十二歳になった年の夏、大変暑い日が続き、疫病が流行しました。そしてついにその娘も病に侵されます。両親は何とかして娘の病を直そうと、毎日地元の天王社に願をかけました。すると、二十一日を経て、不思議にも病は全快したのでした。そこで、両親は大変喜び、さっそく笹に娘の年の数と一年の月の数を合わせた数だけの団子をさして、お礼のしるしに、天王社の神前に供えたのであります。そしてそれ以来、近辺の氏子は、六月八日の朝に、笹の枝に団子をさしした、いわゆる笹団子を神前に供えるようになったといっています。そのようなことで、当社のことを「団子天王」とも呼ぶようになりました。また、神社ではその団子を疫病除けのお守りとして授与いたしました。そして、そのお守りを受けようと群集が笹にすがって争い取り、たいそう混雑したと『東都歳時記』は記しています。なお、「東京名所図会』二もその祭礼の模様を次のように書いています。六月八日、此の日、団子を捧ぐ、早朝より群集して、これを取り得れば、病難を除るとて争い取る事、近辺の氏子の家より出て、道にて団子は皆取られ、穀竹ばかり神前へ納む。これ神事のやうに成れり。(由緒書より)


社頭
浅草橋須賀神社社頭

手水舎
浅草橋須賀神社手水舎

拝殿
浅草橋須賀神社拝殿

社号額
浅草橋須賀神社社号額


神楽殿
浅草橋須賀神社神楽殿

神輿
浅草橋須賀神社神輿

社務所
拝殿の右に社務所があります。
浅草橋須賀神社社務所

御朱印
社務所で御朱印を頂きました。

浅草橋須賀神社御朱印


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