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御朱印収集人

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神社御朱印

元町嚴島神社

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元町嚴島神社
横浜市中区元町5-208 電話:045-681-8087 最寄駅:JR根岸線「石川町」

元町厳島神社


由緒
元町厳島神社参拝の栞


 当社の起源は古く、鎌倉時代初期に遡ると負われています。治承四年(280)源頼朝は、挙兵に当たり、西伊豆問の杉山に鎮座していた弁財天に戦勝を祈願しました。願いが成就した後、源頼朝は、茗荷島劔ヶ淵に新殿を造営し、伊豆より弁財天を勧請したと伝えられています。
 この地は、後に横濱村(現在の関内周辺)となり、清水の湧水があったところから清水弁天、また洲干弁天と呼ばれるようになりました。その名は、今でも桜木町から館内へと渡る弁天橋に名残を留めています。
 元禄年間(1680~1703)になって、増徳院(今の外国人墓地下周辺、薬師堂のみ現存)境内に仮殿をつくり、上之宮杉山弁天と称しました。御神体は、平日は上之宮に、祭日には下之宮清水弁天にお祀りすることになりました。
 幕末・開港期には、この弁天社は横浜湊惣鎮守として多くの方々の崇敬を集めるようになります。万延元年(1860)、横濱村の住民は、居留地確保のため幕府が出した命令により、堀川東岸へ移転することになりましたが、移転先を横濱元村と名乗り、元町の礎を築きます。この時、今の山下町にあった浅間神社も元町百段上(現百段公園)へ移り、明治四十二年には合祀されることになります。
 明治元年(1868)、清水弁天は羽衣町へと遷座。明治二年、杉山弁天は神仏分離令により増徳院から分離・独立し、嚴島神社として祀られることになりました。
 大正十二年(1923)、関東大震災により社殿は倒壊焼失。現在に社地へ移転、復興することになり、昭和八年(1933)の竣工を待って、正式遷座となりました。
 しかし、昭和二十年(1945)五月の横浜大空襲で再び焼失。昭和二十六年に本殿を、三十六年になって拝殿を再建し、現在に至っています。
 
 当社の主祭神である宗像三女神は、「古事記」神代巻に天照大御神と須佐之男命の間の「うけい」(誓約)によって生まれたと記される神々で、古代より海上交通の神として崇められてきました。
 従って、交通安全は元より、人生の長い航路において、安産、学業成就、良縁等々、参拝される方々の幸せを、長く見守って下さる神々でもあります。(参拝の栞より)

例祭 万延元年(1860)六月二日、神奈川奉行の命によって開港一周年を記念する大祭が行われ、それ以降毎年六月二日   が例祭日となりました。


鳥居
昭和八年六月建造の朱塗りの鳥居
元町厳島神社鳥居

拝殿
元町厳島神社拝殿


手水石
元治元年(1864)奉納手水石
元町厳島神社手水石


本殿
元町厳島神社本殿


龍神池
元町厳島神社龍神池



境内末社
左は金刀比羅宮、海上の守り神。右の皇大神宮は天照大御神を祀っています。
元町厳島神社末社

動画
2014.4.18撮影。


御朱印
御朱印は自治会館で頂きました。御朱印は平日に対応していただけます。初穂料は300円を納めました。

元町厳島神社御朱印



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