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御朱印収集人

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神社御朱印

日枝大神

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日枝大神
横浜市磯子区磯子4-3-11 電話:045-751-3893 最寄駅:JR根岸線「磯子」

由緒

日枝大神由緒書


 祭神 宇迦御魂命
   国常立命
   天照皇大神
 
 磯子町鎮守日枝大神には前記三柱の大神を奉仕す。新編武蔵風土記稿には「山王社除地壱反七畝十八歩坤ノ方、山ノ中腹ニアリ、村内ノ鎮守ナリ社ハ四間ニ 二間半、前ニ石段ヲ設ク萬治三年九月七日御代官、島田太郎兵衛社造営の棟札アリ、村内金蔵院持」とあり。古くは山王大権現、山王社、日枝大神宮と稱へしも今は日枝大神と白すのが正しい御社名であります。当神社の御創立の年代は不明ですが、明治御維新まで別当職を務められました、金蔵院所蔵の宝永三丙戌年五月に、時の代官福地又兵衛に届けられし古記録の一節に「後醍醐天皇の嘉歴三戌辰年より引続き、磯子鎮守山大権現別当相務め候」由記しあり。嘉歴三年は今年より六百八年前になりますので私等の氏神様は今より六百年前既に立派に現在の所に御鎮座になっていたことが明らかに判ります。
 現在神社付近一帯を山王谷戸と呼び、また山王面と称する水田もあります故、古くより土地の寄進等もあり、非常に御神威の高き神社であった事が推察できます。明治維新神仏分離以来別当職を解き、神職が奉仕する事となりました。明治四十二年村社に列せられ、明治四十一年九月八日本殿弊殿を増築し全町内稲荷神社、天照大神を合祀す明治四十二年五月十六日虜らずも祝融の災に罹り社殿神楽殿共に鳥有に帰し大正二年現在の御社殿御造営なる、次て大正五年には神楽殿社務所の新築なり、大正十一年神撰弊帛料供進神社に指定せらる。
 大正十二年八月参道石段の拡張改築行われ社頭の面目全く一新せり、関東大震災にて本殿弊伝神楽殿全壊し拝殿社務所半壊す、社殿社務所応急の修理をなし、神楽殿はその後大正十四年に新築せられ以て今日に至る。(昭和十年六月作成の由緒書及び沿革より)
 昭和12年年までに復興し、平成6年秋に老朽化した社殿を造営し、現在に至る。


参道

日枝大神参道



社号碑

日枝大神社号碑


拝殿

日枝大神拝殿


社殿(左)

日枝大神社殿(左)


社号額

日枝大神社号額


拝殿内部

日枝大神拝殿内部


日枝大神動画
2014.3.22撮影



御朱印
御朱印は鳥居の右手の社務所受付で頂きました。初穂料は頂いていないそうです。

日枝大神御朱印



神奈川県の神社御朱印


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