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御朱印収集人

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寺院御朱印

傑傳寺

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傑傳寺
川口市東本郷1506 電話:048-281-1655 最寄駅:JR京浜東北線「川口」から峯八幡宮行バスで新郷農協下車

由緒

 当時は寛文二年(1662)七月に没した酒井忠勝の菩提を弔うために、沼田城主であった真田信澄が建立した寺院である。開基が酒井忠勝とされるのは、江戸における酒井家の香華寺であると同時に自身の追善供養を行ってくれる寺院を造る、という忠勝の意思によると思われる。開山は萬照高國和尚で、寺格は色衣地であった。
 酒井忠勝は関ヶ原の合戦にも従軍した三河武士で、三十代の若さで老中となった。大老を歴任する一方で儒学にも通じ「関ヶ原始末記」や「酒井空印言行録」などを残している。また、当時の立地も太田道灌が出城として築いた谷古田城跡という武家の由緒を有している。
 当時の寺号は酒井家が藩主であった福井県小浜の空印寺と同様、酒井忠勝の法号である「空印寺傑傳長英大居士」から取り、「傑傳寺」とした。また、名門酒井家の香華寺であった当寺は、寛文十二年(1672)、高僧として名高い嶺巌英峻禅師を天桂寺から招いており、この折に英峻の本寺から名を頂き、「天桂山」と号して中興開基とした。



参道

傑傳寺参道


山門
かつてあった山門には大きな仁王像一対が配され、子供たちが股くぐりをして遊んだという。

傑傳寺山門


本堂

 関東大震災の被害に遭い、翌年には酒井家が没落して小浜に引き上げ、戦後は農地解放されるなど、相次ぐ不運の中で境内地や寺宝が失われて様子が一変した。その後、壇信徒と住職による復興の努力が実り、昭和四十四年にはきんだいふうながあかんそなびをたたえたほんどうがしんちくされ、開山堂も付設された。(川口七福神冊子より)

傑傳寺本堂


恵比寿堂

本堂の左前に恵比寿堂があります。当寺の恵比寿神は小浜が漁業・海運の中心であった縁により祀られ、秘仏として私的に護持されてきたが、川口七福神霊場を創設する折に、より多くの人々が恵比寿様と御縁を結ばれるようにと、境内に小堂を興して奉安したものである。


傑伝寺恵比寿神堂


恵比寿神

傑傳寺恵比寿像


石幢六地像
恵比寿堂と本殿の間に六面幢があります。六面幢には六道の辻に現れて死者を導く六地蔵が祀られています。

傑傳寺石幢六地蔵


願掛け観音
六地蔵の先、本堂の左わきには願掛け観音があります。

傑傳寺願掛け観音


庫裏
境内右に栗があります。

傑傳寺庫裏


御朱印
御朱印は庫裏受付でいただきました。初穂料は300円を納めました。

傑伝寺御朱印

川口七福神御朱印

恵比寿神(傑伝寺)御朱印


埼玉県の寺院御朱印   川口七福神御朱印


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