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御朱印収集人

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神事

湯島天満宮

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湯島天満宮
文京区湯島3-30-1 電話:03-3836-0753 最寄駅:千代田線「湯島」丸ノ内線「本郷三丁目」ほか
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由緒

 御祭神 天之手力雄命 菅原道真公
 御祭日 五月二十五日

 湯島天満宮(湯島天神)は、雄略天皇二年(458)一月勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのが始まりである。降って正平十年(1355)二月郷民が菅公の御遺徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請しあわせて奉斎した。文明十年(1478)十月太田道灌これを再建し、天正十八年(1590)徳川家康公が江戸城に入るにおよび、特に当社を崇敬するに篤く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷の内五石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
 その後、学者・文人の参拝も絶えることなく続き、林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石などの名がみえる。将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文京の中心としていよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。
 明治五年(1872)十月には郷社に列し、次いで同十八年(1885)八月府社に昇格した。明治維新以前は、上野東叡山寛永寺が別当を兼ね、喜見院がその職にあった時期があった。元禄十六年(1703)の火災で全焼した際、宝永元年(1704)将軍綱吉公は、金五百両を寄進している。
 明治十八年に改築された社殿も老朽化が進み平成七年十二月、後世に残る平成の文化財として、総檜造りで造営された。(由緒書より)

由緒書
湯島天満宮由緒書 

銅鳥居

湯島天満宮社頭

料理包丁研鑽報徳碑
銅鳥居をくぐると左に料理包丁研鑽報徳塚があります。

湯島天満宮料理包丁研鑽報徳碑

包丁塚
料理研鑽報徳塚の後ろに包丁塚があります。

湯島天満宮包丁塚

火伏稲荷社
料理研鑽報徳塚の右に火伏稲荷社が鎮座しています。

湯島天満宮火伏稲荷社

撫で牛
火伏稲荷社の右に撫で牛があります。

湯島天満宮撫で牛

手水舎
撫で牛の右に、手水舎があります。

湯島天満宮手水舎


宝物殿

銅鳥居をくぐって右には宝物殿があります。宝物殿は、神楽殿と併設して建築された優雅な新殿造風で、菅公千百年記念事業の一環として平成十一年十月に開館しました。一階は湯島天満宮の本社神輿・御鳳輦や町会神輿を中心とした展示室
、地下二階は東宮所蔵の宝物並びに貴重な品々の展示室と保存収蔵庫として近代的な設備を整えています。
 おもな収蔵品は、「湯島天神門前総図」(文京区有形文化財)、川鍋暁斎「野見宿禰と当麻蹴速」変額(文京区有形文化財)出目長吉作「天神面」(文京区有形文化財)、白隠「渡唐天神像」をはじめ各種天神像、近代の日本画界の巨匠、文化勲章画家の横山大観、竹内栖鳳、川合玉堂、前田青邨、菱田春草、安田靫彦等の梅花を題材とした作品などがあります。

湯島天満宮宝物殿

神楽殿
宝物殿の左に神楽殿があります。

湯島天満宮神楽殿

狛犬

湯島天満宮狛犬(左)   湯島天満宮狛犬(右)


拝殿

湯島天満宮拝殿


本殿

湯島天満宮本殿


男坂
湯島天満宮の東側の参道男坂。

湯島天満宮男坂


講談高座発祥の地碑

男坂の階段を上りと地位をくぐると左に、講談高座発祥の地碑があります。 橘流寄席文字 橘左近 謹書

 江戸時代中期までの講談は町の辻々に立っての辻講釈や、粗末な小屋で聴衆と同じ高さで演じられていた。文化四年(1807)、湯島天満宮の境内に住みそこを席場としていた講談師伊東燕晋が、家康公の偉業を読むにあたり庶民と同じ高さでは恐れ多いことを理由に高さ三尺、一間四面の高座常設を北町奉行 小田切土佐守に願い出て許された。これが高座の始まりであり、当宮境内こそ我が国伝統話芸、講談口座発祥の地である。(石碑文より)


湯島天満宮講談高座発祥の地碑


ガス灯

講談高座発祥の地碑の右にガス灯があります。

 青白いガス灯、清らかな白梅 
「お蔦、何も言わずに俺と別れてくれ」
「切れるの、別れるのって そんなことは・・・」
これは有名新派「婦系図」湯島天神の場である。(泉鏡花原作)

この境内にはもと五基のガス灯がありました、そのうち形だけ残っていた男坂上の一基のガス灯は昭和四十年ごろ撤去されました。ガス灯は文明開化のシンボルで明治の時代を象徴するものでした。東京ガスの協力で昭和五十六年十一月二日にガス灯を設け点灯するようになりました。都内では屋外のものとして唯一のものです。(ガス灯掲示より)

湯島天満宮ガス灯

新派の碑
新派創立九十周年を記念した川口松太郎氏の揮豪によるものです。

湯島天満宮新派石碑



努力の碑
拝殿の左、男坂鳥居から右へ進むと右手に、ダイエイホークス王貞治氏の「努力」の石碑があります。

湯島天満宮王貞治「努力」石碑


菅公一千百年記念碑
「努力」の碑の左に菅公千百年記念の碑があります。

湯島天満宮菅公一千百年祭記念碑


都々逸の碑
さらに左に都々逸の碑があります。

湯島天満宮都々逸の碑


夫婦坂
湯島天満宮の北側参道「夫婦坂」

湯島天満宮夫婦坂参道


車祓い所
夫婦坂の左に車祓い所があります。

湯島天満宮車祓い所


境内社
夫婦坂を上り門をくぐった右には境内社が鎮座しています。

湯島天満宮境内社

戸隠神社
鳥居をくぐると戸隠神社が鎮座しています。

湯島天満宮戸隠神社

笹塚稲荷
戸隠神社の左には笹塚稲荷が鎮座しています。

湯島天満宮笹塚稲荷


大鳥居
本郷三丁目より春日通りを進んでくると、大鳥居があります。

湯島天満宮西大鳥居


唐門
大鳥居をくぐると左に唐門があります。
湯島天満宮西側門


庭園
拝殿の左側に梅園があります。

湯島天満宮梅園


菅公遺戒碑

梅園に菅公遺戒碑があります。国学者大國隆正の筆で、菅公の精神を伝える文章を刻し、福羽美静の建碑になります。


湯島天神菅公遺戒碑

奇縁氷人石

菅公遺戒碑の左に奇縁氷人石があります。文京区の有形文化財で、嘉永三年(1850)の建碑で、石柱の右側には「たづぬるかた」、左側面には「をしふるかた」と刻まれ、これに貼り紙をして迷子しるべとしました。、また縁結びの役目も果たしました。


湯島天満宮奇縁氷人石

菅公一千年記念碑
明治の書家、日下部東作筆

湯島天神菅公一千年祭記念碑


泉鏡花「筆塚」

昭和十七年建立。里見弴、久保田万太郎、岩田藤七らが集まって、『鏡花生前愛用せしところの筆墨を瘞(うずめ)の石を建ててこれを表す』と記されています。

湯島天満宮泉鏡花筆塚


授与所
拝殿の左に集参殿があります。集参殿入口右に授与所があります。

湯島天満宮集参殿授与所


御朱印
御朱印は授与所でいただきました。初穂料は300円を納めました。

湯島天満宮御朱印(初天神)



文京区の神社御朱印   東都七天神




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