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御朱印収集人

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神社御朱印

髙城神社

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髙城神社
熊谷市宮町2-93 電話:048-522-1985 最寄駅:JR高崎線「熊谷」徒歩10分

髙城神社境内の様子1


由緒

 四季折々、多くの熊谷住民に、親しまれている髙城神社は、創始奉祭は奈良時代以前と伝えられています。『延喜式神明帳』に「大里郡一座髙城神社」と記載されていることから、このことがうかがわれます。
 天正十八年(1580)豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めた際、忍城(現・行田市)も攻められ、髙城神社も災禍に遭い社殿を焼失しました。その後、寛文十一年(1671)に再建しましたが、忍城主、阿部豊後守忠秋が「髙城神社は式内社」であることから社伝再興を計ったのがきっかけでした。この時再建された本殿・拝殿は今もなおその当時の面影そのままに残されています。(本殿・拝殿・手水舎以外の建物は昭和二十年八月十四日の熊谷空襲によって焼失)

 祭神は『高皇産霊尊』で「縁結び」「家内円満」「商売繁盛」の神として崇敬されています。

 神事として、毎年六月三十日に「胎内くぐり」が行われます。国道17号線に面した一の鳥居に直径4メートルもある大きな茅の野輪を設置し、その茅の輪をくぐって厄災を取り除くというものです。
 また十二月八日には「酉の市」が境内で行われます。熊谷酉の市発祥の地として髙城神社には熊谷県民だけでなく多くの人たち熊手や飾り物を求め、足を運びます。
 境内には樹齢六百年以上のケヤキが数本有り、御神木のケヤキにいたっては樹齢が八百年以上と言われています。
境内の末社には、熊谷の地名を産んだ「熊野社」、六柱を祀る「六社」、新生児のお食い初めの時に歯茎にあてると丈夫な歯が生えると言われている赤石が敷き詰められている少彦明神(医学の神様・歯の神様)を祀る『天神社』がある。
(由緒書より)

一の鳥居前
一の鳥居は国道17号線に面してあります。

髙城神社社頭

一の鳥居

酉の市の大きな熊手が鳥居に取り付けられていました。毎年六月三十日に「胎内くぐり」が行われ、直径4メートルもある大きな茅の輪が設置されます。


髙城神社一の鳥居

二の鳥居

髙城神社二の鳥居


三の鳥居

髙城神社三の鳥居1

手水舎
鳥居をくぐると右手に手水舎があります。寛文十一年に忍城主、阿部豊後守によって再建されたものです。

髙城神社手水舎


御神木
鳥居くぐると左に御神木があります。樹齢八百年以上と推測されるケヤキです。

髙城神社御神木

拝殿
寛文十一年に忍城主、阿部豊後守によって再建された拝殿です。

高城神社拝殿


拝殿前

髙城神社拝殿前


本殿右側面

髙城神社本殿(右)


境内社
拝殿の左前に六柱のかみを祀る境内社が鎮座しています。酉の市の用意のため鳥居が覆われてていました。

髙城神社境内社鳥居


境内社背面

髙城神社境内社(裏)


境内社
境内の左に鎮座しています。

髙城神社境内社(左)

熊谷酉の市発祥記念碑
境内社の右前に熊谷酉の市発祥記念碑があります。

髙城神社酉の市記念碑


熊野神社由緒掲示

熊谷酉の市発祥記念碑の奥に熊谷の地名を産んだ「熊野社」が鎮座しています。
 永和年間、この付近一帯の猛熊が往来し庶民の生活を脅かし悩ました。熊谷次郎直実の父直定この猛熊を退治して、熊野権現堂(現在箱田に熊野堂の あり)を築いたと伝えられる。
 明治維新の後、熊野神社と称し、その御祭神伊邪那岐命を祭り、明治四十年一月十四日に当髙城神社境内地に遷し祀られた。
 また同年四月二十日に熊野神社地六十二坪(現熊野堂敷地)を髙城神社に譲与された。この熊野神社(熊野権現)と千形神社( 形神社)そして圓照寺の関係は深く、直定によって築かれ、熊谷の地名を産んだとも伝えられる。



髙城神社熊野神社由緒

熊野神社

髙城神社熊野神社


天神社掲示

新生児のお食い初めの時歯茎に当てると丈夫な歯が生えると言われている赤石が敷き詰められている少彦名神(医学の神様・歯の神様)を祀っています。


髙城神社天神社掲示

天神社

髙城神社天神社


西側鳥居
拝殿の左へ回ると西側の鳥居があります。

髙城神社西側の鳥居

慰霊碑
西側の鳥居をくぐって左に進むと慰霊碑があります。

髙城神社慰霊碑


戸隠山車庫
慰霊碑から右へ進んでいくと戸隠山車庫があります。

髙城神社戸隠山車庫


鳥居石
さらに右に進んでいくと寛文十年に阿部豊後守忠明が献納した第二鳥居の柱と笠木置かれています。

髙城神社鳥居石

由来碑

この石は小松石(安山岩)で参道の第二鳥居のものである。千六百七十年寛文十年に旧忍城主である阿部豊後守忠秋が献納したものであり、現寸は高さ4.97メートル、横6.6メートルで基礎は根巻きを含めて三段になっていた。千九百九十八年(平成十年十月)事故により破損した。この由を後世に伝えるためにここに第二鳥居の柱と笠木を置き由来碑とする。
 平成十一年一月吉日 髙城神社宮司 福井 千秋 (石碑に記されていました。) 

髙城神社鳥居石由来碑


東側鳥居
さらに進んでいくと東側の鳥居があります。

髙城神社東鳥居


社務所
拝殿に向かって左に高城記念館・社務所があります。

髙城神社社務所記念館


御朱印
御朱印は社務所で頂きました。初穂料は300円を納めました。

高城神社御朱印


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