Favicon.ico">

御朱印収集人

ようこそ「御朱印収集人」をお参り下さいました。あなた様は  人目の参拝者様でございます。
現在「御朱印収集人」を参拝されている方は  名様でございます。

寺院御朱印

妙隆寺(鎌倉江の島七福神)

 ←長谷寺(鎌倉) →西堀氷川神社
妙隆寺(鎌倉江の島七福神)
鎌倉市小町2-17-20 最寄駅:JR「鎌倉」江ノ電「鎌倉」


南朝元中二年・北朝至徳二年(1385年)、七堂伽藍を建立して妙親院日英上人を迎えて開山し、叡昌山と号した。
日英上人は、千葉氏ゆかりの埴谷氏の出身である日親上人の叔父にあたる。第二祖が久遠成院日親上人である。
当寺は十九世、二十世の両代ごろ(元和・寛永)幕府の忌避にふれて廃寺となるところを中山法華経寺末寺分と申し立てて存続を許された。開山・日英上人は武蔵・上総・下総・伊豆新島・京都等々に及んで活躍され、七ヶ所にわたる講演職をつとめて居られた。
第二祖、日親上人は応永三十四年(1427年)の冬、二十一才の時、中山にて京都弘通を発願され、当寺にこられ「大法弘通に耐え得るや否や自らの忍力を試さん」と堂前の池で寒百日間、水行され、又、日課として自我偈巻、お題目千遍の修行を積まれた。
京へ上がり、さらに立正冶国論の一書を献じて、足利義教将軍の政道を諌めようとしたので捕らえられ、弾圧を受け、水、火、湯鑵(熱湯ぜめ)の拷問にあい、舌端を切られ、ついには焼き鍋をかむせられる極刑を受けたが、よく耐え忍んで法華経弘通につとめ、長享二年(1488年)九月十七日、世寿八十二歳で京都本法寺にて遷化された。なお上人は導師職として九州地方にも下向、京都、鎌倉を幾度か往復し後年なべかむり日親の名を残した。


山門

妙隆寺山門


本堂

妙隆寺本堂


寿老人堂
本堂の右前に寿老人堂があります。

妙隆寺寿老人堂

寿老人像
お堂の中に安置されています。

妙隆寺寿老人



本堂の前左にも寿老人像があります。

妙隆寺寿老人1

御朱印
御朱印は本王に向かって左前の庫裏、御朱印所で頂きました。初穂料は300円を納めました。


妙隆寺寿老尊御朱印


鎌倉江の島七福神御朱印



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御朱印帳
もくじ  3kaku_s_L.png 珍しい御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御利益
総もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 三社巡り
もくじ  3kaku_s_L.png 寺社祭事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png 神事
総もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 札所御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院行事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png ○○ゆかりの寺社
もくじ  3kaku_s_L.png 秩父三社
【長谷寺(鎌倉)】へ  【西堀氷川神社】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【長谷寺(鎌倉)】へ
  • 【西堀氷川神社】へ