Favicon.ico">

御朱印収集人

ようこそ「御朱印収集人」をお参り下さいました。あなた様は  人目の参拝者様でございます。
現在「御朱印収集人」を参拝されている方は  名様でございます。

神社御朱印

師岡熊野神社

 ←穴八幡宮 流鏑馬 →西小松川天祖神社
師岡熊野神社
横浜市港北区師岡町1137 電話:045-531-0150 最寄駅:東横線「大倉山」徒歩10分
ホームページ

由緒

この神社は聖武天皇神亀元甲子年(西暦724年)に全寿仙人によって開かれ熊野山の中腹に鎮祭し和歌山県熊野三社の祭神と御一体であります。仁和元年7月には光孝天皇の勅使六条中納言藤原有房卿が此地に下向され「関東随一大霊験所熊埜宮」の勅額を賜わりそれ以来宇多、醍醐、朱雀、村上天皇の勅願所として社僧十七坊が附せられた。数多くの古神事の中に現在続行されて居る筒粥神事は1050回余にもなる。観応2年6月17日雷火のため社殿は消失したが神体、社宝は無事であり特に貞治三年の熊野山縁起は現存して神社の故事を伝へて居る。例へば勅使着用の大口袴は大口の地名に残り、供奉者の足を洗った子安足洗川、顔を清めた西寺尾町字面滝、馬の鐙を納めた鐙宮(阿府神社)参向儀式の行われた式坂、更にいの池(指定地域史跡)、のの池ちの池の故事等、枚挙にいとまがない。享禄2年北条早雲公、慶長4年徳川家康公、寛永19年家光公、寛文五年家綱公より御朱印地を戴いたのを始め代々の将軍家の崇敬極めて篤く神社への御朱印は幕末まで続けられた。
明治元年神仏分離の際、熊野神社と法華寺とに二分され明治3年県社に列格したが、氏子の陳情する所あって明治6年三十三ヶ村の郷社に列した。 その後、各所の整備造営工事を行ってきたが、遂に今般「平成の大修造」と称し、覆殿・翼殿をはじめとする壮大な造営事業を実施し、面目を一新した。

当社は、関東地方における熊野信仰の根拠地として、また、横浜北部の総鎮守の宮として古代より現代に至るまで広く篤い崇敬を受けている。



参道入口

師岡熊野神社参道入口

「い」の池掲示

師岡熊野神社いの池掲示

「い」の池
社頭の前に「い」の池があります。右に水神宮が鎮座しています。

師岡熊野神社いの池

社頭

師岡熊野神社社頭

鳥居
師岡熊野神社一の鳥居


稲荷社
鳥居をくぐると右に稲荷社が鎮座しています。
師岡熊野神社稲荷社

手水舎
階段を上ると左に手水舎があります。

師岡熊野神社手水舎



拝殿

師岡熊野神社拝殿


扁額

師岡熊野神社扁額


本殿

師岡熊野神社本殿


神明社
本殿の左後ろに鎮座しています。

師岡熊野神社神明社


庚申塔と「の」の池石碑
神明社の右に庚申塔があります。

師岡熊野神社庚申塔とのの池石碑


「の」の池
石碑の右に「の」の池があります

師岡熊野神社のの池


「天満社」
更に右に「天満社」が鎮座しています。

師岡熊野神社天満社


参集殿と祈祷受付
境内の右に参集殿、祈祷受付があります。

師岡熊野神社社務所


御朱印
御朱印は祈祷受付で頂きました。初穂料300円を納めました。

師岡熊野神社御朱印



神奈川県の神社御朱印





もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御朱印帳
もくじ  3kaku_s_L.png 珍しい御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御利益
総もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 三社巡り
もくじ  3kaku_s_L.png 寺社祭事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png 神事
総もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 札所御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院行事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png ○○ゆかりの寺社
もくじ  3kaku_s_L.png 秩父三社
【穴八幡宮 流鏑馬】へ  【西小松川天祖神社】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【穴八幡宮 流鏑馬】へ
  • 【西小松川天祖神社】へ