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寺院御朱印

江戸六阿弥陀木余り性翁寺

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江戸六阿弥陀木余り性翁寺
足立区扇2-19-3 最寄駅:日暮里・舎人ライナー『扇大橋駅』下車、西口より徒歩6分 ホームぺージ

性翁寺由緒

寺伝の縁起や絵巻(ともに足立区文化財)などによれば、 「性翁寺は六阿弥陀発祥の地にして根元の旧跡である。」

今からおよそ1300年前の神亀2年(725年)、この地に居住の足立之荘司宮城宰相が一人の娘「足立姫」と下女12人水死の難に遭った。
父・荘司は悲嘆のあまり諸国廻行に出て熊野権現より霊木を授かり、海中に投げ入れると、霊木は当処へ流れ着いていた。 (旧来、熊の木の地名あり)
この霊木を当地に行化の行基菩薩の御手で、六道流転化益に当たって六体の阿弥陀仏を彫刻し、六つの村里に安置して13人亡女子のため、 又、末代衆生利益のためとしたのが六阿弥陀の始まりである。

なお、余り木をもって娘成仏の御影として阿弥陀一体を刻して、荘司屋敷の傍らに草庵を建立して安置したのが当寺開創であり、木余り如来の由縁である。
その後、明応元年(1492年)、当地に来た龍呑上人が姫の墓処の菩提樹の木に毎夜、龍燈のかかるのを見て、守護処に一寺改転を願い出て、龍燈山貞香院性翁寺と給わり、浄土宗寺院として開山されたのである。
以来、女人往生の霊場として春・秋彼岸の「江戸六阿弥陀巡り」が盛んとなった。
また、当寺は阿出川對馬守を大檀那として400年来、一族の菩提寺として墓が護られている。
阿出川氏により再興された性翁寺は、慶安2年(1649年)、三代将軍家光より朱印地として10石の寺領を拝領し、以後も歴代将軍により安堵された。(性翁寺ホームページより)


性翁寺外観
性翁寺山門

性翁寺山門

性翁寺山門②

本堂

性翁寺本堂

地蔵堂


性翁寺石仏

供養塔

性翁寺供養塔

性翁寺石碑

性翁寺石碑②

御朱印

性翁寺六阿弥陀御朱印
足立区の寺院御朱印   江戸六阿弥陀御朱印



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