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御朱印収集人

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寺院御朱印

豊島第11番円光院

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豊島第11番円光院
練馬区貫井5-7-3 最寄駅:西武池袋線中村橋 豊島園

新編武蔵風土記稿に「円光院、愛染院末。南池山貫井寺と号ス。本尊不動。開山円長。天正13年6月11日寂ス。」とある。
「南池山貫井寺円光院小史」によれば、昔、寺の南に大きな池があったので、それにちなんで「南池山」と号し、土地がが貫井であるので「貫井寺」と称したという。
円光院は豊島八十八ヶ所霊場第11番の弘法大師霊場であり、土地の人からは「貫井の権現様」と呼ばれ、親しまれてきた。
寺の伝えによれば、円長法師は、密法修行のおり、にわかに腰脚の痛みを患い、あらゆる治療を施したが効果がなく、さらに一念をこめて七日間の断食をして武川大鱗山の聖権現を遥拝し、腰脚患部の平癒を祈願した。その満願の日の明け方、夢の中に紫雲がたなびきたちまち尊像が出現して、「汝が信敬に感応して、いま示すことあり、むかし我が行脚の際、百姓の苦を救わんとしてこの地に来たり、自ら杖をとて田の畔を穿ちし時、掘出せし石魂、いまなと近くにあり、これをもって痛むところをなでさするべし」と告げた。眠りから覚めた円長法師は歓喜し、すぐにたずね求めると、小槌の形をした奇妙な自然石があった。これは夢のお告げの霊石であると、喜び拝んで、草庵に持ち帰って、その石で患部を撫でさすると、三日もたたぬ間に腰脚の痛みが快癒したので、感きわまって、永禄7年(1564)甲子の年に、今の所に堂舎を建てて貫井寺と号し、その近くに祠を造立し。子ノ聖大権現を勧請して霊石と共に奉安した。
それが貫井寺円光院の草創であるといわれる。子ノ聖権現は十二年に一度、子の年・子の月・子の日に開帳される。
観音堂に安置されている十一面観世音菩薩は、子ノ聖観世音の名で親しまれてきた。そしてまた、これを馬の守り本尊である馬頭観世音とと称して、信仰する者が多く、縁日には遠くの村々からも参詣者があり、大いに賑わったと伝えられている。山門前にある文化7年(1810)小春吉日に商人講中によって建てられた「子ノ聖観世音」碑が盛事を物語っている。
また、明治期になると、毎年春の「馬頭の祭」の日に、付近の馬持ち衆が馬の安全祈願におとずれ、境内で「馬かけ」が行なわれた。
昭和20年5月戦災を受け、山門、鐘楼を除き、主な建物はことごとく焼失したが、昭和38年再建された。(練馬の寺院より)

参道
目白通りに面して参道があります。

円光院参道

山門
山門の右前には六地蔵尊が、左前には子ノ聖観世音の碑があります。

円光院山門

子ノ聖観世音の碑

円光院子ノ聖観世音の碑

鐘楼
山門をくぐり右手には鐘楼があります。

円光院鐘楼

本堂
円光院本堂

本堂内

円光院本堂内

権現小槌
本堂左前に権現小槌があります。

円光院権現小槌


観音堂
本堂の左には観音堂があります。

円光院観音堂

大師像
観音堂の前には大師像があります。

円光院大師像

墓地入口には石塔、石碑があります。
円光院石塔

御朱印

南池山貫井寺円光院豊島11番御朱印 

近くの豊島札所は練馬春日町の第19番寿福寺、練馬の第15番南蔵院、練馬高野台の第17番長命寺があります。

練馬区の寺院御朱印   豊島88か所御朱印



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