Favicon.ico">

御朱印収集人

ようこそ「御朱印収集人」をお参り下さいました。あなた様は  人目の参拝者様でございます。
現在「御朱印収集人」を参拝されている方は  名様でございます。

寺院御朱印

豊島第66番東覚寺

 ←豊島第9番光明院 →豊島第56番与楽寺
豊島第66番東覚寺
北区田端2-7-3 電話:03-3821-1031 最寄駅:JR山手線「田端」
ホームページ 
東覚寺山門

縁起
宗派  真言宗豊山派

本尊  不動明王

札所  御府内八十八ヶ所豊島八十八ヶ所谷中七福神(福禄寿)

 真言宗豊山派。本尊は不動明王像です。北区史によれば源雅和尚が不動明王を勧請して本尊とし、神田筋違いに一寺を建立、のちに根岸に移転、更に慶長の始めごろ田端に移転したということです。しかし北区史は、その出典、出処を記していませんので、その点は調査の必要があるでしょう。この寺は、「新編武蔵野風土記稿」によれば、寺領7石の朱印を受けていました。(北区文化財案内より)
赤紙仁王尊と護摩堂
 山門前には赤紙仁王尊があります。参詣客が赤色の紙を貼るために赤紙仁王の名で呼ばれるようになった、東覚寺の金剛力士立像は、吽形像(うんぎょう)の背面にある銘文から、寛永18年(1641)8月21日、東覚寺住職賢盛の時代に、宗海という僧侶が願主になって造立されたことがわかります。一節によれば、当寺江戸市中で疫病が流行しており、宗海は、これを鎮めるために造立したそうです。 参詣客が赤紙を貼る理由は、そのようにして祈願すれば病気が治ると信じられてきたからで、具合の悪い部位と同じ箇所に赤紙を貼るのが習わしです。また、祈願成就の際には草鞋を奉納すべしとされています。ただし、赤紙仁王に固有のこうした習俗が発達したのは明治時代のことで、その背後には仁王像を健脚や健康をかなえる尊格(そんかく)とみなす庶民独自の信仰があったと考えられます。
 なお、赤紙仁王は、江戸時代の末までは田端村の鎮守である八幡神社の門前にありました。明治初期の神仏分離を機にかつて東覚寺にあった九品仏堂の前に移され、平成20年10月には、道路拡張工事のため従来の位置から7m後方に移動し、平成21年8月に竣工した新たな護摩堂とともに今後の世の趨勢を見つめていくことになりました。(北区教育委員会)


東覚寺赤紙仁王堂 
赤紙仁王尊の左に山門があります。
東覚寺山門

本堂

東覚寺本堂

鼓翼観世音菩薩
山門をくぐると左手には鼓翼(はばたき)観世音菩薩があります。

東覚寺鼓翼観世音菩薩

大師像と大日如来像
本堂の左前には大師像と大日如来像があります。

東覚寺大師像と大日如来像

子育水子地蔵菩薩尊
本堂右の墓地入口前には子育水子地蔵尊があります。
東覚寺子育水子地蔵尊


御朱印
鼓翼観世音菩薩の奥にある納経所で御朱印を頂きました。豊島札所の御朱印をお願いしたところ、御府内と同じ番号で、豊島の番号がないとのことで御府内の印になりました。
御府内八十八ヶ所谷中七福神
東覚寺御朱印東覚寺(福禄寿)御朱印



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御朱印帳
もくじ  3kaku_s_L.png 珍しい御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御利益
総もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 三社巡り
もくじ  3kaku_s_L.png 寺社祭事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png 神事
総もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 札所御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院行事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png ○○ゆかりの寺社
もくじ  3kaku_s_L.png 秩父三社
【豊島第9番光明院】へ  【豊島第56番与楽寺】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【豊島第9番光明院】へ
  • 【豊島第56番与楽寺】へ