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御朱印収集人

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御朱印を頂けなかった寺社

日枝神社(駒込)

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日枝神社(駒込)
豊島区駒込1-30-12 電話:03-3946-8868 最寄駅:JR山手線・東京メトロ南北線「駒込」
駒込日枝神社社頭

由緒

御祭神   大山咋神

 旧駒込村字新屋敷の鎮守、東側が開けていたことから江戸時代は「朝日山王宮」と呼ばれていた。祭神は大山咋神を主祭神とし、素戔嗚尊・大己貴尊・少彦名尊を合祀している。
「新編武蔵風土記稿」は、慶長年間(1596~1614)以前から祀られていたとする説を紹介している。風土記稿編纂当時の神主は沢田近江と言い、先祖の大江免毛が万治三年(1660)からその任にあったとしている。また、元文元年(1736)の大江太夫橘為稠によって再興されたとする説があるほか、延享元年(1744)に本社が造営されたという記事が「武式年表」・『新編江戸氏』などに見られる。
 江戸時代の小日向の僧津田敬順は、その著書『遊歴雑記』の中で、神主沢田近江の居宅から眺望が最もすばらしいと述べている。また、「実に雅人の愛すべき土地」といい、歌人や俳人が来訪して宴を楽しみ、自らも沢田の居宅で茶を楽しんだことも記されている。
 境内には、明和二年(1765)の銘がある手水鉢があり、鳥居の脇に「右朝日山王宮」と刻まれた、文久元年(1861)のものと思われる道標がある。また「傳中親睦会」と刻まれた石柱があるが、これは古い鳥居の一部である。「傳中」は「殿中」とも書き、上駒込村の字の一つで、六義園が柳沢吉保の屋敷だった頃、将軍綱吉の御成を待つ供の様子が、あたかも殿中の様であったことから、その一帯をこう呼ぶようになった。(二〇一〇(平成二二)年二月 豊島区教育委員会)

例大祭

駒込日枝神社豊島区教育員会掲示
社号標
駒込日枝神社社号標
狛犬
駒込日枝神社狛犬(左)駒込日枝神社狛犬(右)
文久元年の道標
駒込日枝神社道標 
拝殿
駒込日枝神社拝殿 
本殿
駒込日枝神社本殿(左) 
日吉稲荷神社
鳥居の左手に明和二年と刻まれた手水鉢があります。
駒込日枝神社日吉稲荷神社鳥居 
社号額
駒込日枝神社日吉稲荷神社社号額

駒込日枝神社日吉稲荷神社

駒込日枝神社日吉稲荷神社1

駒込日枝神社日吉稲荷神社2

駒込日枝神社大公孫樹
神輿庫
駒込日枝神社神輿庫
社務所
駒込日枝神社社務所 
今回は御朱印は頂けませんでした。

御朱印を頂けなかった寺社  豊島区の神社



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