Favicon.ico">

御朱印収集人

ようこそ「御朱印収集人」をお参り下さいました。あなた様は  人目の参拝者様でございます。
現在「御朱印収集人」を参拝されている方は  名様でございます。

御朱印を頂けなかった寺社

東関森稲荷神社

 ←笠森稲荷神社 →和田稲荷神社
東関森稲荷神社
品川区大井2-16-14 電話: 最寄駅:JR横須賀線「西大井」、東急大井町線「下神明」、JRほか「大井」
東関森稲荷神社社頭

由緒

御祭神   宇迦乃御魂命(うがのみたまのみこと)

 社殿 稲荷(とうか)の森稲荷神社建立(享和・1800年前後未確認) 明治6年2月(1873)社殿再建
 大井町誌(大井役場・昭和7年刊・1932年)によると「藤花稲荷神社」と呼んでいたとある。また「大井町誌」(大正12年刊・1923年)によると、この附近には森があり古来から「森」と呼ばれてきたという。語源的には「森」には神を祀ってあるところの意味もあり、稲荷(とうか)森荒神森が稲荷社と荒神社の存在から呼ばれたと考えられが、由来は不明である。参考までに「大井地名考」では、下蛇窪村の田地を「森耕地」と畑地を「森前通」と呼ぶようになったが、「すべて農家の所を森」と記されているが何故かと謂う説明はない。また、両書に次のような伝説があり。
 「この森に住む市野伝九郎という農家が私有地の稲荷を勧請した。老婆祠の傍らの穴に住む狐に日々食べ物を与えるのを勤めとした狐もこの老婆になれてよく従った、これが近郷の風評となって、この稲荷に参詣して狐を見る、参詣者が押しかけた、しかし、関東取締役により、新規の神社の流行参詣を禁じられ、参詣者が途絶えるにいたる。此れは正に享和文化(1801~1804)頃である。」と記されている。当説の真偽は不明。
 本社の祭神は宇迦乃御魂命で一千年前よりの最も古き経歴有しているという同所は、元来深林であったが枯れたり伐採によって姿を変え、明治の始めに残った大樹を資金にして、官有地を購入し稲荷社を建立した。大正13年7月(1924)敬神厚き宇田川清三氏が独力で本殿を新築し、地元の※小林久吉氏が拝殿を寄進して今日のお社がある。 ※拝殿右側に顕影碑がある。

例大祭

東関森稲荷神社由来
境内
東関森稲荷神社境内
拝殿
大正13年7月(1924)新築
東関森稲荷神社拝殿
本殿
大正13年7月(1924)新築

東関森稲荷神社本殿
三峰神社
東関森稲荷神社三峰神社
紀念碑
東関森稲荷神社紀念碑
感謝碑
関東森稲荷神社感謝碑
社務所
関東森稲荷神社社務所
兼務社で、御朱印は頂けませんでした。
品川区の神社御朱印  御朱印を頂けなかった寺社



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御朱印帳
もくじ  3kaku_s_L.png 珍しい御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御利益
総もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 三社巡り
もくじ  3kaku_s_L.png 寺社祭事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png 神事
総もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 札所御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院行事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png ○○ゆかりの寺社
もくじ  3kaku_s_L.png 秩父三社
【笠森稲荷神社】へ  【和田稲荷神社】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【笠森稲荷神社】へ
  • 【和田稲荷神社】へ