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御朱印収集人

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寺社以外の御朱印

松本城 御朱印

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松本城
松本城管理寺務所:松本市丸の内4-1 電話:0263-32-2902 最寄駅:JR大糸線・篠ノ井線「松本」
ホームページ
松本城とお濠

創始
 松本城は戦国時代の永正年代初めに造られた深志城が始まりです。戦国時代になり世の中が乱れてくると、信濃府中と言われた松本平中心の井川に館を構えていた信濃の守護小笠原氏が、館を東の山麓の林地区に移すと、その後家臣らは林城を取り囲むように、支城を構えて守りを固めるためました。深志城もこのころ林城の前面を固めるために造られたのです。その後甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を占領し品の支配の拠点としました。その後天正十年(1582)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めました。
天守築造
 豊臣秀吉は天正十八年(1590)に小田原城に北条氏直を下し天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。この時松本城の小笠原氏は家康に従って下総へ移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じました。数正・康長父子は、城と城下町の経営に力を尽くし、康長の代には天守三棟(天守・乾小天守・渡櫓)はじめ、御殿・太鼓門・黒門・櫓・塀などを造り。本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、また城下町の整備を進め、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。天守の築造年代は、康長の文禄二年から三年(1593~4)と考えられています。
パンフレット
松本城パンフレット
入場券
松本城入場券 

松本城石標

松本城と人力車
黒門
本丸に入る正門で、櫓門と枡形からなり、本丸防衛の要である。一の門(櫓門)は昭和三十五年(1960)に復興し、二の門と袖塀は平成二年(1990)に復原されました。
松本城門
乾小天守
高さ16.8m
松本城乾小天守
天守
高さ29.4m
松本城天守閣
野面積石垣と鉄砲狭間と矢間
松本城野面積石垣と矢間・鉄砲狭間

松本城天守1
最上階(天守六階)
 ここは戦の時、周りの敵の様子を見るところ(望楼)として使われました。天井は井桁梁でがチリと組まれています。天井中央に祀られているのは二十六夜神という松本城を守る神様です。
松本城守護神二十六夜社

松本城本丸
御朱印
松本城管理事務所で書き置きの御朱印が頂けます。頒布価格は300円です。
松本城御朱印
観覧記念のスタンプ
松本城観覧記念スタンプ
寺社以外の御朱印



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