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「神事」
六月の神事

熱田神社 例大祭

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熱田神社 例大祭
台東区今戸2-13-6 電話:03-3871-4575 最寄駅:銀座線・都営浅草線・東武スカイツリーライン「浅草」
熱田神社例大祭ポスター

熱田神社社頭の大幟
熱田神社では毎年例大祭では社宝の大太刀陰陽丸の展覧が行われます。
熱田神社例大祭拝殿
陰陽丸(台東区有形民俗文化財)
東日本で一番の長さ約4mの大太刀。全長:368.5cm 刀身長:280cm 茎長(なかごちょう):88cm 弘化四年(1847) 川井(藤原)久幸(1786~1868)制作 助手:川井久敬 相槌:川井久盛、太平幸員、小俣景幾、磯部源信直 呼び名 おんようまる(言い伝えの呼び名)、いんようまる 幕末の刀工、河合久幸が制作し、熱田神社に奉納したもの。安政五年(1858)に流行した安政コレラに際して、本太刀は臨時の疫病除け行事のため、浅草鳥越長は巡行した(後の浅草吉野町)。これは当時各地で行われた疫病除け行事のひとつである。当時江戸の町々では、鎮守の神輿や獅子頭が町内を巡行するなど、それぞれに疫病除け行事を行っていた。当地では、鎮守の宝刀「陰陽丸」が疫病除けに最もふさわしいと考えられたのであろう。のち明治22年(1889)の憲法発布式祝祭においても、本大太刀は山車に仕立てられており、鎮守熱田神社の宝刀として、当地を象徴するものであった。
<作者>河合久幸は幕末の刀工。本名、久信。通称、亀太郎。幕臣川井久尊の長男。江戸小石川住。剣術、槍術に長じる。30代半ばから作刀の励み、刀工として活躍。明治元年9月、83歳で没した。(『図説 日本刀辞典』ほか)制作協力者のうち、大平幸員は安政頃の刀剣銘に見え、江戸森川に住み、大平酉之進と名乗っていたことが確認されている(『刀工総覧』)。川井久敬は久幸の次男であり、刀工として久幸を襲名して、明治18年、64歳で没したという(『刀工大観』)。川井久盛、小俣景喜、磯部源信直については不明である。
<伝来> 川井久幸が制作して、熱田神社に奉納された。奉納理由は不明である。文献上の所見は明治10年7月の明細であり、「大太刀 飾無之 一振」とみえる(『上野東照宮気味相明細』)。明治41年(1908)『新撰東京名所図会』第57編には、「藤原久幸作の陰陽丸と名付けたる一丈一尺の太刀一振りを宝蔵せり」と紹介されており、一般にもある程度知られていたものとみられる。もとは素鞘造り、帯金様の金輪を五ヶ所に取り付けてあったが、大正12年関東大震災で素鞘を失った。そのため昭和15年皇紀2600年記念として修理が行われた。戦後、再び戦火で素鞘を失ったが修理され、現在、陰陽丸は袋に収納されて、社殿の壁にかけられている。(平成22年度 台東区文化財講座資料より抜粋)
  
熱田神社拝殿前の陰陽丸

熱田神社陰陽丸(右)

熱田神社陰陽丸剣先
宮司様
陰陽丸について説明をされる宮司様
熱田神社宮司様
御朱印をお願いしましたが、御朱印は対応していないとのことでした。 


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