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御朱印収集人

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御朱印を頂けなかった寺社

黒鶴稲荷神社

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黒鶴稲荷神社
大田区中央5-4-2 電話: 最寄駅:都営浅草線「西馬込」
黒鶴稲荷神社鳥居

由緒

御祭神   豊宇気比売命(とゆうけひめのみこと)、宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)

例大祭   5月

 桐里・梅田町地区は昔桐ケ谷村と言われ、本門寺えお含めて呑川と内川に挟まれた馬込台地の南東に位置する独立丘で、南東より中心に向かって 支谷が入り込み、馬蹄に近い形を呈している。この地は縄文時代に本門寺・桐ケ谷横穴墓群が台地の縁辺に分布している程、昔から人が住んでいた。
 三河出身の二代目山本近正は手鷹師として徳川家康に仕え、天正十八年(1590)の関東入国によって、荏原郡桐ケ谷村で五十石余を与えられた。以後代々、幕府の御手鷹師や鷹匠を世襲した。四代尚盛のとき百石が加増された。文政十一年(1828)幕府の命により桐ケ谷村は幕府領に組み入れられた。
 この神社の創建の年代は明らかでないが、三代将軍家光の頃、山本氏が鷹匠として稲荷神社の境内で珍しい黒鶴をとらえ将軍家に献上したところ、吉兆であると大いにこれを称されたとして、「黒鶴稲荷」と呼ばれるようになったという。そして東南に下る長い坂である「蓬莱坂」は蓬莱というこの吉兆を象徴した名を付けた坂名である。そして神社階段下の坂は「汐見坂」といい、大森方面から本門寺に最短で行け、坂上から海の汐や船の眺めがよかった坂道です。まt、旧桐ケ谷村の農民が庭内社を合祀し、以後桐ケ谷村の鎮守と成るに至ったと云われ、東閑森稲荷の呼称は元来、境内の丘を十神森と呼んだことに由来すると、語り継がれている。旧社格無各社。元別当長勝寺。鳥居は明治七申成年二月建立。
黒鶴稲荷神社由緒板
手水舎
手水石は天保四葵巳天二月吉日奉納。
黒鶴稲荷神社手水舎
拝殿
社殿は木造、銅板葺、入母屋造り八坪
黒鶴稲荷神社拝殿
社殿(右)
黒鶴稲荷神社社殿(右)
拝殿内
黒鶴稲荷神社拝殿内

黒鶴稲荷神社拝殿内部

黒鶴稲荷神社幟
社務所
境内左手に社務所があります。お祭りの前日という事で氏子のみなさんがお祭りの準備をしていました。
黒鶴稲荷神社社務所
お祭りのポスター
黒鶴稲荷神社例大祭ポスター

黒鶴稲荷神社入口
今回は御朱印を頂けませんでした。
大田区の神社  御朱印を頂けなかった寺社



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