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御朱印収集人

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御朱印を頂けなかった寺社

野田須賀神社

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野田須賀神社
千葉県野田市野田31-1 電話: 最寄駅:東武野田線「野田市」
須賀神社社頭



由緒


御祭神  須佐之男命    

例大祭

 須賀神社は、出雲須賀の地(現在の島根県雲南市)に鎮座する大神の分霊を、災いを祓う功徳があるものとして延亨二年(1745)に野田町上町に遷し、その後、現在の地に遷し再興したものと伝えられています。当初、町の人々から「市神」と呼ばれていましたが、明治維新後に、「須賀神社」と改められました。現在の社殿は、東日本大震災により甚大な被害を受けたことを機に、平成二十五年に改築されたものです。
 明治時代後半に築造された旧社殿は、外観こそ壁を漆喰塗りで仕上げた伝統的な土蔵造り風の建物ででしたが、その構造は近代建築技術を取り入れた煉瓦蔵であり、耐火性を高めるために屋根瓦の下まで煉瓦を敷き詰めた先進的な工法が採用され、これに総欅造りの良材を用いた表情豊かな獅子や龍の彫刻を施した向拝を加えて社殿としたものでした。現在の社殿には、傷みの少なかった旧社殿の向拝が改めて据えなおされており、醤油醸造が大きく成長した明治期の野田町の繁栄を今に伝えています。また、前身社殿の屋根瓦や煉瓦塀の一部も野田市郷土博物館に保管されています。
 一方、猿田彦像は社殿の後方にあります。猿田彦とは、ニニギニノミコトが高天原から日向に降るときに、天の八街に迎えて、高千穂峰まで案内したという記紀神話の神であり、後に庚申信仰や道祖神などと結びつきました。この石像は、文政六年(1623)に造立された約2mの丸彫りの立像で、野田下町杉崎弥市、中野台戸邊豊吉、野田上町古谷津喜兵衛ら三人の石工の手によるものです。天狗を思わせる大きな鼻と立派なあご髭をたくわえて、杖をついて雲に乗る威容を誇っており、台座内には三猿の透かし彫りがあります。猿田彦の丸彫刻は、市内ではいくつか見ることができますが、その中でも彫刻、形容、大きさとも優れていることから、「須賀神社猿田彦神」として平成二年三月二十八日に野田市有形文化財に指定されました。(野田市教育委員会)
須賀神社掲示

須賀神社鳥居

須賀神社手水舎

社殿
平成二十五年に改築された社殿
須賀神社拝殿

社号額
須賀神社扁額

浅間神社
社殿裏手に浅間神社があります。
須賀神社浅間神社

猿田彦像
須賀神社猿田彦像正面

須賀神社猿田彦像(右)

須賀神社猿田彦像1

須賀神社猿田彦像背面

境内右手に石灯籠、弁財天、二十三夜碑があります。
須賀神社石灯籠と弁財天

境内には社務所はありません。御朱印は頂けませんでした。
猿田彦須賀神社玉垣
御朱印を頂けなかった寺社。


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