Favicon.ico">

御朱印収集人

ようこそ「御朱印収集人」をお参り下さいました。あなた様は  人目の参拝者様でございます。
現在「御朱印収集人」を参拝されている方は  名様でございます。

寺院御朱印

新長谷寺

 ←金乗院 →百観音成就院
新長谷寺
豊島区高田2-12-39 電話:03-3971-1654 最寄駅:副都心線「雑司ヶ谷」、都営荒川線「学習院下」

金乗院不動堂

縁起


宗派   真言宗豊山派

本尊   不動明王

札所ほか 江戸五色不動御府内八十八ヶ所第54番

 新長谷寺(しんちょうこくじ)は、山号を東豊山(とうぶさん)といい真言宗豊山派の寺院であった。当寺院にあった不動明王像は唐から帰ってきた弘法大師が出羽・湯殿山(一説には羽黒山)に行き修行を行っていた際に造られたといわれている像で、それが武蔵国関口(現在の文京区関口)に住む者の手に渡ったといわれているがその詳しい年代はわかっていない。その後、この寺院は江戸時代に入り元和4年(1618年)に奈良・長谷寺の僧・秀算によって中興された。秀算は二代将軍・徳川秀忠の命令によって長谷寺の本尊と同じ十一面観音像を造り、本堂などを建立し新長谷寺と命名した。寛永年間に三代将軍・徳川家光により、新長谷寺の本尊である不動明王像に五色不動のひとつとして『目白不動』の名を贈り、以後この不動明王像は目白不動明王と呼ばれるようになったという。また一帯の高台も目白台と呼ばれるようになった。(これは現在の地名になっている目白や目白台の起源になっている)その後、この寺院は五代将軍・徳川綱吉や桂昌院の帰依を受けて発展した。また江戸市民に時を告げる時の鐘を備えていた。しかし、新長谷寺はその後第二次世界大戦による戦災で壊滅な被害を受け、1945年(昭和20年)に廃寺となってしまった。本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至るまで金乗院が目白不動尊として信仰を得るようになっている。

金乗院目白不動堂

金乗院不動堂扁額

金乗院不動堂前の地蔵尊

金乗院不動堂内

金乗院不動堂内部

御朱印
江戸五色不動

目白不動御朱印

御府内第54番
金乗院御府内54番新長谷寺御朱印 
豊島区の寺院御朱印  江戸五色不動  御府内八十八ヶ所 



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御朱印帳
もくじ  3kaku_s_L.png 珍しい御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 御利益
総もくじ  3kaku_s_L.png 神社御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 三社巡り
もくじ  3kaku_s_L.png 寺社祭事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png 神事
総もくじ  3kaku_s_L.png 寺院御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 札所御朱印集
もくじ  3kaku_s_L.png 寺院行事・催事
総もくじ  3kaku_s_L.png ○○ゆかりの寺社
もくじ  3kaku_s_L.png 秩父三社
【金乗院】へ  【百観音成就院】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【金乗院】へ
  • 【百観音成就院】へ