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御朱印収集人

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寺院御朱印

増上寺

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増上寺
港区芝公園4-7-35 電話:03-3432-1431
最寄駅:JR「浜松町」、三田線「御成門」、「芝公園」、大江戸線・浅草線「大門」
ホームページ
増上寺大門
縁起


宗派   浄土宗大本山

本尊   阿弥陀如来

札所   江戸三十三観音第21番京浜四大本山巡り

 増上寺(ぞうじょうじ)は、東京都港区芝公園四丁目にある浄土宗の寺院。山号は三縁山。三縁山広度院増上寺(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ)と称する。空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)に建立した光明寺が増上寺の前身だという。その後、室町時代の明徳4年(1393年)、酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)の時、真言宗から浄土宗に改宗した。この聖聡が、実質上の開基といえる。中世以降、徳川家の菩提寺となるまでの歴史は必ずしも明らかでないが、通説では天正18年(1590年)、徳川家康が江戸入府の折、たまたま増上寺の前を通りかかり、源誉存応上人と対面したのが菩提寺となるきっかけだったという。貝塚から、一時日比谷へ移った増上寺は、江戸城の拡張に伴い、慶長3年(1598年)、家康によって現在地の芝へ移された。風水学的には、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものと考えられる。また、徳川家の菩提寺であるとともに、檀林(学問所及び養成所)がおかれ、関東十八檀林の筆頭となった。
 明治時代には半官半民の神仏共同教導職養成機関である大教院の本部となり大教院神殿が置かれた。のち明治7年(1874年)1月1日排仏主義者により放火される。徳川幕府の崩壊、明治維新後の神仏分離の影響により規模は縮小し、境内の広範囲が芝公園となる。太平洋戦争中の空襲によって徳川家霊廟、五重塔をはじめとした遺構を失う大きな被害を受けた。東京タワーの建設時、増上寺は墓地の一部を土地として提供している。

三解脱門(重要文化財)
戦災をまぬがれた建物の1つで、元和8年(1622年)建立の二重門(重層で、各層に屋根が付く門)。この門をくぐると、三毒(3つの煩悩、即ち貪、瞋、癡)から解脱できるとされる。内部には釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されている。

増上寺山門
鐘楼
寛永10年(1633)年の建立ですが、現在の鐘楼堂ほ戦後に再建されたものです。鐘楼堂に収められている大梵鐘は、延宝元(1673)年にあまりの大きさに7回の鋳造を経て完成し(東日本で最大級)、江戸三大名鐘の一つに数えられています。江戸三大名鐘とは、江戸時代に「江戸三大名鐘」と呼ばれていたかは不明でが、江戸の代表的な鐘として寛永寺、増上寺、浅草寺、天龍寺、市ヶ谷八幡宮等の鐘が紹介されていますが、「三大鐘」として紹介する文献も鐘の組み合わせがそれぞれ異なります。
芝増上寺鐘楼 
水盤舎
増上寺水盤舎 
黒門
慶安年間(1648~1652年)、三代将軍家光公の寄進・建立とされています。 御成門交差点付近の芝公園・みなと図書館・御成門小学校一帯にあった増上寺方丈の表門であった旧方丈門。明治時代に増上寺方丈に北海道開拓使の仮学校や海軍施設が置かれ、その後芝公園となったおり、鐘楼堂脇に移築したものを、昭和55(1980)年に当山通用門として日比谷通り沿いに移築しました。 
 芝増上寺黒門  
大殿(本堂)
昭和49年(1974年)の再建。室町期の阿弥陀如来、脇仏に法然上人像、善導大師像がまつられています。

増上寺本堂
扁額
芝増上寺寺号額
熊野神社
元和10(1624)年、当寺第十三世正誉廓山上人が熊野権現を増上寺鎮守として東北の鬼門に勧請したものです。 『熊野』は「クマノ」・「ユヤ」と二通りの呼称がありますが、当山では「ユヤ」権現として親しまれています。
芝増上寺熊野神社
増上寺会館
芝増上寺増上寺会館
安国殿
本堂の右手に安国殿があります。戦災で焼失した大殿の代わりに仮本堂としていた建物を、昭和49(1974)年、新大殿完成の折りに境内北側に移転し、御堂「安国殿」としました。


芝増上寺安国殿 
西向観音堂
鎌倉時代、執権・北条時頼公が観音山(現:東京タワー)に辻堂を建て、鎌倉街道(現:六本木方面)に向けて安置した石像の観音さまです。子育て・安産に霊験あらたかと伝えれています。昭和50(1975)年浄土宗開宗八百年記念の境内整備事業として、現在の安国殿前に尊像を遷座、同55(1980)年1月に観音堂落成。江戸三十三観音札所で聖観音像は子育て開運の利益広大と言われています。
芝増上寺西向観音
中門
増上寺は東京上野の東叡山寛永寺(天台宗)と共に徳川将軍家の菩提寺で、当山に埋葬されているのは、二代秀忠公・六代家宣公・七代家継公・九代家重公・十二代家慶公・十四代家茂公の6人の将軍のほか、崇源院(二代秀忠公夫人)、皇女和宮さま(十四代家茂公夫人)ら5人の正室、三代家光公側室桂昌院(五代綱吉公実母)はじめ5人の側室、及び、三代家光公第三子甲府宰相綱重公ほか歴代将軍の子女多数が埋葬されています。
増上寺徳川家墓所
家継公家重公家宣公
増上寺七代家継公増上寺九代家重公増上寺六代家宣公
秀忠公皇女和宮合祀塔
増上寺二代秀忠公増上寺皇女和宮増上寺徳川家墓所合祀塔

御朱印帳
オリジナルの御朱印帳が頒布されています。サイズ18cm×12cm、1200円
増上寺御朱印帳
御朱印
御朱印は安国殿内右手の授与所で頂きました。初穂料はいずれも300円です。
阿弥陀如来黒本尊江戸三十三観音霊場 
増上寺阿弥陀如来御朱印増上寺黒本尊御朱印_0002第21番増上寺御朱印



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