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御朱印収集人

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神社御朱印

八幡八雲神社

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八幡八雲神社
八王子市元横山町2-15-27 電話:042-623-0720
最寄駅:JR中央線・八高線・横浜線「八王子」徒歩10分、京王線「八王子」徒歩10分
ホームページ
八幡八雲神社社頭の看板

由緒


御祭神    誉田別尊(ほんだわけのみこと)
         素盞鳴尊(すさのおのみこと) 

八幡神社の創立は延長二年(924)、武蔵盛隆泰が国司の時、此の地へ石清水八幡宮をまつり、国土安全を祈願したのが当社の起源です。その後、隆泰の長 子、小野義孝は武蔵権之守に任ぜられて当地に来り、父の遺志を継いで八幡宮を再建し、任期が満ちたので此地に永住することとなったのです。そして先ず小野 氏を横山氏と改め、追々当地を開拓し、遂に一村落を形造り横山村と呼びました。
 八雲神社は、俗に天王様と申し、延喜十六年(九一六)大伴妙行が、深沢山(元八王子城山の古い名称)の頂上に奉斎し、天正年間、北条氏照が此山に城を築い てから氏神として崇敬しました。天正十八年1590)六月落城の時、城兵は天王の神体を奉戴し、川口村黒沢の地に密かに逃れ、北条残党の氏神として崇敬 していました。
慶長三年(1597)六月、大洪水のため神体は流失し、遂に八王子新町の北なる板谷ヶ淵に漂着しました。暗夜に御光を放ち現れた神体を、六月十三日未明新 町百姓五兵衛という者が之を発見し、自宅土間の臼上に移しました。その後初穂の小麦を煎って供物とし、朝夕礼拝している内、或夜夢の中に不思議な神勅を受 け、宿長の長田作左衛門の助力を乞い、八幡の社内に遷座しました。
それから承応二年(1653)に至り、八幡宮と棟を並べ社殿を建て、世に両社と尊崇され、長く当地の氏神となったのです。

例大祭    7月23日、24日
         9月15日

八幡八雲神社鳥居
夜燈
八幡八雲神社常夜燈
狛犬
八幡八雲神社狛犬(左)八幡八雲神社狛犬(右)
八幡八雲神社古い狛犬(左)八幡八雲神社古い狛犬(右)
手水舎
八幡八雲神社手水舎 
狛犬
八幡八雲神社拝殿前の狛犬(右) 
拝殿
八幡八雲神社拝殿 
拝殿内
八幡八雲神社拝殿内 
拝殿(右)
八幡八雲神社社殿(右) 
本殿
八幡八雲神社本殿 
絵馬掛け
八幡八雲神社絵馬掛け 
絵馬
八幡八雲神社開運絵馬八幡八雲神社干支絵馬
神輿庫
八幡八雲神社神輿庫
神楽殿
八幡八雲神社神楽殿
横山神社
 往古より「多摩の横山」は名馬の産地として世に名を知られており、平安の御代には陽成天皇の私牧(御料牧場)として発達し、延長二年(924)武蔵野守小野隆泰が横山の地へ石清水八幡宮(現在の八幡八雲神社)を祀り、天慶二年(929)「将門の乱」の翌年に勅使牧(ちょうくしまき、国営牧場)となった「横山の牧」に武蔵野権守にに任是られた小野義孝は小野姓を横山氏に改め、八幡宮を中心に祭政一致を行い、ここに定住せられました。この御方が武蔵野七党のひとつである横山党の始祖であり、日本における「横山姓」の始まりであります。孝昭天皇の御子・天足彦国押人命を祖とする小野氏一族は小野妹子、篁(たかむら)道風(みちかぜ)、小町などの逸材を輩出し、その血筋を引く横山氏は後々の世にまで武士の鏡として数々の「物語」の中に語られております。又、源氏一族との深い結び付きにより代々、源氏の嫡子の誕生に際しては「引き目・鳴減の神事」を行っておりました。
 横山義孝の孫、常兼は「前九年の役」(1051~1062)陸奥守源頼義に従い先陣を賜わり敵将安倍貞任の首級をあげ首懸けの儀を担当いたしました。その子孫たちは保元、平治の乱に参加し、一の谷、屋島、壇の浦の合戦に活躍し「平家物語」にも語られております。又その子孫の横山野新太夫隆兼の子、横山散位権守時重の妹は鎌倉幕府の侍所の所司を務めた梶原景時の母であり、時重の娘は侍所の別当和田義盛の妻となっております。
 横山一族の男達は義を貫き勇を以て世の中が平和になるように鎌倉幕府創業に尽力しました。建久元年(1190)の頼朝上洛のおり、騎馬にて随兵の総数山三一八騎、そのうち武蔵出身の武士は約百四十騎で半数近く、又、横山党の面々は上洛武士の一割を超える三十騎を占めたという事が「吾妻鏡」に語られております。正治元年(1199)源頼朝の死後、北条一族の台頭により梶原氏が失脚し、和田一族に対する北条の陰謀に、横山馬介太郎時兼は義憤を感じ、建暦三年五月三日(1212)「和田義盛の乱」に荷担し、一族合戦に及びましたが時節利なく横山の人々之討ち死にいたしました。この時、累代の所領である横山庄は没収されましたが、時兼の子、野内小名犬房重時は生かされ、その子孫は全国に散り、後の世に武勇を表しました。
 乱の後、横山庄は大江広元(鎌倉幕府、政所の別当)の支配となり、一年後の建保二年(1214)に開祖横山義孝の御霊を沈め、八幡神社をお守りするお社として「横山神社」が創建されました。
 現在では、八王子の地名発生の神といわれる八雲神社と共に、八幡八雲の両社をお守りする神社として境内にお祀りされ、東京都の旧跡に指定されております。御神徳といたしましては、家内安全、無病息災、学び事の成就・商売繁盛などがあるといわれております。(境内八幡八雲神社奉賛会掲示より)
八幡八雲神社横山神社
境内社
八幡八雲神社境内社
八幡八雲神社境内社3八幡八雲神社境内社2八幡八雲神社境内社1
玉垣
八幡八雲神社玉垣
授与所
八幡八雲神社授与所
御朱印
御朱印は授与所で頂きました。
八幡八雲神社御朱印八幡八雲神社御朱印



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