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御朱印収集人

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御朱印を頂けなかった寺社

金沢八景洲崎神社

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金沢八景洲崎神社
神奈川県横浜市金沢区須崎町 電話: 最寄駅:京浜急行「金沢八景」

金沢八景洲崎神社社頭


由緒


御祭神    誉田別命(ほんだわけのみこと)

 当社は元富岡村と柴村との間に長浜と字せる所あり、現今は野口記念館のある所にして昔時は十八町も海に突出し、今に長浜千軒と口碑に残れるほどにて人家稠密殷賑を極めしが応長元年(1311)、激浪の為洗い滅ぼされし住民の一部本村に移住す。依って、産土神たる鎮守第六天社も同時に此処に移し造営す。
 現今の社は天保九年六月十二日の再建にして、明治維新の際神仏混交を廃せられ洲崎神社と改称す、而して社の鎮座地は他の神社と異なり古き頃より、家津良町道路の真ん中にあり、誠に珍しかりしが明治三十七年二月九日横浜金沢間道路改修に付き現場に移転す。明治四十年県の訓令第四十九号により四十一年十一月境内の拡張をし四十二年五月拝殿を増築し社殿完成す。明治四十三年八月十五日本村泥亀鎮座村社日枝神社(祭神大山咋命)同社末社稲荷社に社(祭神一社、 倉稲魂命、一社 大田命) 合併許可八月三十日処分済み成る。
大正三年二月二十四日同泥亀姫小島無社格十二天社(祭神磐長比売命)を、合併許可三月十日処分済み成る。大正十年十二月十六日神奈川県告示第三七三号を以て神饌幣帛料供進社に列せられる。

例大祭    7月15日(夏季例大祭)
         9月15日(秋季例大祭)

金沢八景洲崎神社略史掲示板


金沢八景洲崎神社手水舎


金沢八景洲崎神社拝殿


金沢八景洲崎神社本殿


天王社
境内右手に天王社が鎮座しています。

祭神   建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)

元は町屋村と共同祭事を行い来たりしが為、洲崎龍華寺前天王河岸に地をトして旅所となし小社をおけり、文化六年四月両村協議の上牛頭天王を二社に分かつ、文化十四年旧引摂院の境内の一部を、天王地と定めて此処に移転造営す。現今の社なり。氏子地区 金沢村洲崎(現今の洲崎、平潟、乙舳区域である)


金沢八景洲崎神社天王社




獅子殿

境内左手に獅子殿があります。
獅子の由来 此の雄獅子、雌獅子は今から百六十年前の嘉永二年(1849)六月に時の彫刻師後藤利平衛によって、製作されたもので、洲崎村の秘蔵品として大切に保管されました。製作方法は下地を布で固め、その上に漆を三ベン塗って、唇、耳、鼻、舌は朱色で、その他は金箔を張り目玉は真鍮メッキで仕上げました。大きさは(縦、横、高さ)三尺(90cm)でした。費用は当時の金で二十両三分かかったそうですが、この経費は村の人達から調達したのでしょう。当時の戸数は九十六軒で人口は356人でした。この獅子は太平洋戦争以前には、年に一度の祭礼に、若衆四人によって担がれ、雄獅子、雌獅子一対になって、町内を厄除けの為廻りました。はやり病(はしか)等の子供さんは、お獅子の口を開け二、三回噛まれる形にしていただきますと、不思議にも早く良くなり、町内の守り神として多くの方々から尊信されておりました。平成四年に再修理がなされ現在に至っております。

金沢八景洲崎神社獅子殿


金沢八景洲崎神社社殿左側面


境内には社務所がありません。今回は御朱印を頂けませんでした。




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